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風は青海を渡るのか? [日本の作家 森博嗣]




<裏表紙あらすじ>
聖地。チベット・ナクチュ特区にある神殿の地下、長い眠りについていた試料の収められた遺跡は、まさに人類の聖地だった。
ハギリはヴォッシュらと、調査のためその峻厳な地を再訪する。
ウォーカロン・メーカHIXの研究員に招かれた帰り、トラブルに足止めされたハギリは、聖地89以外の遺跡の存在を知らされる。
小さな気づきがもたらす未来。知性が掬い上げる奇跡の物語。


Wシリーズの第3作です。
「気づき」という無神経な語をあらすじに使うのは勘弁してください、講談社さん。

さておき、前作「魔法の色を知っているか? What Color is the Magic?」 (講談社タイガ)で見つけた(?) 聖地に一ヶ月ほどで戻ってくるところからスタートです。

冒頭、ハギリとヴォッシュ教授が会話します。
真賀田四季(と思しき)存在について「矛盾を抱えてこその天才」という表現をとった後で、
「生命が、それだ。」「エントロピィ的に考えても、存在自体が矛盾ではないか、違うかね?」(20ページ)
この第3作は、スタートから思索に富んでいます。

54ページからの、ハギリとヴォッシュとツェリンとの会話なんか、もうすごくてクラクラします。
意識とは、生命とは、生きているとは...
ウォーカロンと人間の差異というのが、とりもなおさず、人間とは何か、という点を突きつけてくるので、このシリーズの中心課題ですね。
動きが少ない作品ですが、その分、考えるところが多いです。

またウォーカロンにも異常が発生することが明らかにされます。
「ウォーカロンは、全体でリンクしています。それは、メインのプログラムがすべての頭脳のインストールを司るからです。ある意味で、全体として一つの生体のようなものです。ウォーカロンの個体は、その大きな生物の一つの細胞にすぎません。これは、おそらく人間でも同じです。今やネットで世界中がリンクしていますからね。」
「人間よりも、思考回路のリンクが密接なのです。そのため、拒絶反応も生じやすい。また、生体内で異常な細胞が突然生じるような変異の発生率も高くなります。かつて人類を悩ませた癌と同じメカニズムです。それが、全体思考回路において起こる。そのために、一部のウォーカロンが異変を来す。具体的には、現実離れした妄想を抱くのです。夢を見るような現象のようです」(200ページ)
生殖機能を持つウォーカロン開発に携わっていて、で会社をやめた技術者(科学者?)が日本人で、タナカというのも興味深い設定ですし
「メーカが、逃げたウォーカロンとタナカさんを追わなかったのは、何故でしょう?」
「おそらく、良心だろう」「失敗の責任を取ったものと、むしろ好意的に捉えたのではないかな」(207ページ)
なんてやりとりも出てきます。

そして最後のほうで、ハギリは
「人間の思考の方がランダムで、他回路へ跳びやすい。
 その不規則な運動は、白昼夢に似ている。
 忘れることにも似ている。
 間違えるのも、勘違いも、似ているのだ。
 ぼんやりしてしまうのも……、同じ。
 ウォーカロンの人工頭脳は、それをしない。
 整然としすぎている。
 効率がよく、合理的すぎる。
 だが、もしかして、それは単に……。彼らが新しすぎるからなのではないか。
 古くならなければならない?
 あるいは……。
 歴史を持たなければならないのか?
 人間は、遺伝子によって結ばれた系列の中で、古くなったのだ。
 歴史を育んだのだ。
 我々の頭脳は、いわば腐りかけている。
 もう少し綺麗に言えば……、
 そう、熟成している。
 ということは……。
 今の識別システムによって、人間になりつつあるウォーカロンを判別できる。」(222ページ以降)と考え、
「気まぐれ。
 人間にしかないものだ。
 もしかして、頭脳全体が、その回路の異変を拒否するのではないか。
 そうか。
 拒絶反応か。
 ハードではなく、ソフト的な拒絶
 それは、明らかに、信号からなる論理の世界における拒絶だ」
「ウォーカロンの頭脳には、その遊びがない。」
「ウォーカロンが暴走するのは、それかもしれない。」
と流れて行って、新しい研究に取り掛かります。

百十三年間眠っていたコンピュータも起動しますし、今後の展開がますます楽しみになりました。


英語タイトルと章題も記録しておきます。
The Wind Across Qinghai Lake?
第1章 月下の人々 Sublunary people
第2章 月下の営み Sublunary working
第3章 月下の理智 Sublunary intellect
第4章 月下の眠り Sublunary sleep


<蛇足>
「まるで、空中に向かって塗装のスプレィを吹くような感じだ。どこにも色がつかないうえ、塗料が無駄になる。」(40ページ)
ウグイとの会話を受けて、ハギリが思うのですが、そして確かに二人の会話はそんな感じではあるのですが、「ウグイは空気なのか、と思ってしまった」と続けるのはウグイがかわいそうです。


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魔法の色を知っているか? [日本の作家 森博嗣]


魔法の色を知っているか? What Color is the Magic? (講談社タイガ)

魔法の色を知っているか? What Color is the Magic? (講談社タイガ)

  • 作者: 森 博嗣
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/01/19
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
チベット、ナクチュ。外界から隔離された特別居住区。ハギリは「人工生体技術に関するシンポジウム」に出席するため、警護のウグイとアネバネと共にチベットを訪れ、その地では今も人間の子供が生まれていることを知る。生殖による人口増加が、限りなくゼロになった今、何故彼らは人を産むことができるのか?
 圧倒的な未来ヴィジョンに高揚する、知性が紡ぐ生命の物語。


Wシリーズの第2作です。
このシリーズ、あらすじ書きにくいでしょうねぇ。

舞台がチベットに移っています。
「人工細胞、人工生命体、人工知能に関する技術と、それらの応用分野がテーマの」(30ページ)シンポジウムが開かれ、そこへハギリ達が赴きます。
ラサ空港から、シンポジウム会場の途中に、ナクチュ特別区というところがあり、そこでは今も人間の子供が生まれている、という設定になっています。

あらすじに書かれている「生殖による人口増加が、限りなくゼロになった今、何故彼らは人を産むことができるのか?」 という点は、前作「彼女は一人で歩くのか? Does She Walk Alone?」 (講談社タイガ)でも触れられており、感想のページに伏字代わりに色を変えて記録しておいたのですが、この「魔法の色を知っているか? What Color is the Magic?」 (講談社タイガ)でも出てきます(出てくるのは当たり前ですね...)。今回も色を変えておきます。
世界中の人間が子供を作れなくなったのは、ウィルスなどの原因によるものではなく、まったくその逆なのだ。つまり、古来の人類がなんらかの問題を抱えていたからこそ、子供を作ることができた。あれは生物として異常な状態だった。現代の人類は、人工的にピュアな細胞を実現し、その障害から解放された。結果として、子孫を作れないという新たな問題が顕在化した」(34ページ)

この背景のもとウォーカロンが増えていて、人間とウォーカロンの区別というシリーズのテーマがいろいろと考察されていきます。
「思考回路のハードが何であれ、信号の種類がたとえ違っていても、意識は生まれると思っています。それが単なる錯覚であれ、自己観測ができる知能とデータ量を持てば、それを意識と呼べるでしょう。ですから、いつから生まれるという閾値はありませんね。意識は、低級な機械にさえあるということです」(47ページ)
ちょっと、くらっと来るような意識論ですね。

また人間がなかなか死ななくなったことを受けて
「すなわち、人類のインテリジェンスの時間的限界とはどの程度か、精神はどのくらいまで崩壊せずに耐えられるのか、という問題」(172ページ)
も出てくる、と。これも「彼女は一人で歩くのか? Does She Walk Alone?」 で出てきた考察ですが、確かに大きなテーマかも。「死すべき存在」でなくなるというのは、ありがたいけれど、大ごとですね。

テーマとはずれるとは思いますが、「魔法の色を知っているか? What Color is the Magic? 」でクーデターが扱われているのを受けての
「いわば、平和というレンガを、戦争というモルタルで積み上げていく構造に近い」(249ページ)
というのも、皮肉が効いていてちょっとドキリ。

真賀田四季としか思えない人物? (ウォーカロン?)がちょくちょく出てくるのも印象的です。
我々をどこへ導いてくれるのでしょうね?

英語タイトルと章題も記録しておきます。
What Color is the Magic?
第1章 一連の問題 Sequence of matters
第2章 一連の危険 Sequence of crises
第3章 一連の生命 Sequence of lives
第4章 一連の伝承 Sequence of legend


<蛇足>
①「サンドイッチに似せた簡易なランチ」(26ページ)ってどんなものなんでしょうか? 気になりました。

②「片脚だけミニスカートで、真っ白のドレスだった」(85ページ)ってどんな服装なんだろ? 気になりました。

③「間髪を容れず」(85ページ)に、きちんと「かんはつ」と振り仮名が触られていました。
講談社なら当たり前なんでしょうが、一般には「かんぱつ」と読まれることが多いようなのでちょっとうれしかったりして...





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彼女は一人で歩くのか? [日本の作家 森博嗣]




<裏表紙あらすじ>
ウォーカロン(walk-alone)。「単独歩行者」と呼ばれる人工細胞で作られた生命体。人間との差はほとんどなく、容易に違いは識別できない。
研究者のハギリは、何者かに命を狙われた。心当たりはなかった。彼を保護しに来たウグイによると、ウォーカロンと人間を識別するためのハギリの研究成果が襲撃理由ではないかとのことだが。
人間性とは命とは何か問いかける、知性が予見する未来の物語。


森博嗣の新シリーズ、Wシリーズの第1作です。
新シリーズとはいっても、本書が刊行されたのは2015年10月で、既に
「魔法の色を知っているか? What Color is the Magic?」 (講談社タイガ)
「風は青海を渡るのか? The Wind Across Qinghai Lake?」 (講談社タイガ)
「デボラ、眠っているのか? Deborah, Are You Sleeping?」 (講談社タイガ)
「私たちは生きているのか? Are We Under the Biofeedback?」 (講談社タイガ)
とシリーズ第5作まで出ています。
感想もかけずに溜まっているなぁ。

未来が舞台ですが、つらつらと設定が説明されないところがよいですね。
次第、次第に、どういう世界かが明らかになってくる。
研究者であるハギリの一人称で語られますが、未来で暮らすハギリが、現在の私たちに向って背景を説明するのは不自然で興ざめです。
67ページからざっと説明されるところはあるのですが、ハギリが人類の歴史を振り返るちゃんとした理由付けがなされています。さすが。こういうところ、結構重要ですよね。

人工細胞の発達で、肉体を機械ではなく、生きた細胞、生きた機関で補うことが可能となり、人間の寿命が半永久的に長くなった。
一方、自律型のウォーカロンと呼ばれたロボット(機械)が、その人工細胞のおかげで人間に近づいた。
ところが同時に、人口減少に見舞われた。子供が生まれなくなったからだ。人口が四分の一以下になった。寿命はどんどん延びているのに。代わりに(?) ウォーカロンは増えている。
このウォーカロンは「完全に生きている。有機質の細胞を持ち、人間と同じ肉体を持っている。どこにも違いがない。意識もあり、学習もするし、癖もあり、失敗もし、感情も持っている。ただ、その生い立ちが違うだけだ。」(71ページ)

こういう世界でハギリが研究しているのは、自然に考えているか、考えていないかが、測定できる手法(35ページ)。
これで、ウォーカロンなのか、人間なのかが判定できる、と。
で、こういう背景のもとにハギリが狙われて...というストーリーなんですね。

面白いのは、そういう研究をしていても、ハギリが決して、人間とウォーカロンは見分けがつかないといけないと考えているわけでも、人間至上主義でもない、というところでしょう。
「もう完全に区別がつかないことになっても、大した問題はない。」「おそらく宗教上の問題しかない。」(94ページ)
「自分は、両者を見分ける方法を研究しているが、こんな研究をしなければならないことが、両者の差がいかに微々たるものかを証明しているのだ」(170ページ)

折々事件を挟みながら、思索を重ねていくハギリを読者は追いかけることになるわけですが、このWシリーズでも森博嗣独特のレトリックとか、話の流れが楽しめて、ああ、新シリーズ開始よかったなぁ、と感じました。


<2017.05追記>
①英語タイトルを書いておきます。
Does She Walk ALone?

②今後のシリーズ展開で重要と思ったところ-人類が生まれにくくなった理由-を自分のメモとして写しておきます。
ある種ネタバレかもしれないと思うところは、色を変えておきます。
「パラサイドが犯人だと覆いこんでいるから見つからない。そうではない。いかなるパラサイトも加害者ではない。一つあるいは複数のパラサイトが、加害者ではなく、被害者なんだ」(アリチ博士のせりふ 56ページ)
「同じ人格がこんなに長い時間存在することは、過去に例がない。多くの哲学者がその点について考えているはずだ。精神科の医者も、また心理学者、社会学者も議論を重ねている。答えは見出せないけれど、なにか宗教的な拠り所が必要になるのではないか、という予測はかなり多くに支持されているところだ。それは、おそらく『神』のようなものだろう。ただし、この『神』は、ただの概念ではなく、実在のテクノロジィが実現する装置になるだろう、と観測される」(ハギリの考察 170ページ)
「機構については、アリチ博士が迫っていました。発想は正しい。何故なら、ほかの理由は悉く消去されたからです。ただ、発想を確かめる実験的な再現には、まだ時間がかかるでしょう。しかし、いずれは発見されます。問題は、そこがスタート地点だということ。おそらくは、微小なパラサイトでしょう。それが見つかったとしても、どうやって元に戻せば良いのか。ここが難しい。なにしろ、もう人間の細胞は昔とは違います。パラサイトが生きられる環境に戻すことが、人工的に可能かどうか。複雑な環境の再現です。短時間では無理。そこで、もし人口環境を用いるとすれば、それはもう、ウォーカロンを培養することと変わりありません。それを人間が許容するでしょうか? 理屈を捏ねることはできても、両者の差は、科学的に同じものになります」(ミチルの保護者と名乗る女性のセリフ 178ページ)


<2017.05追記その2>
章題も記録しておきます。
第1章 絶望の機関 Hopeless engine
第2章 希望の機関 Wishful engine
第3章 願望の機関 Desirable engine
第4章 展望の機関 Obsevational engine




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イデアの影 [日本の作家 森博嗣]


イデアの影

イデアの影





去年の11月に出た森博嗣の新刊で、単行本です。

カバーに
「作品数でいえば最も多く僕が読んだ日本人作家の一人が、谷崎潤一郎だ。」
と書かれていて、巻頭や各章のはじめに「細雪」 (上) (中) (下) (角川文庫)からの引用が掲げてあります。
浮遊工作室
『谷崎潤一郎のメモリアルとして企画された本です。』
と書かれているのですが、谷崎潤一郎を教科書でしか読んでいない身には、そのあたりはわかりません。
浮遊工作室に続けて
『内容としては、幻想小説といえると思います。ただ、どの作品の「リスペクト」というわけではありません。そもそも、谷崎の影響を受けているといっても、谷崎のようには書かない、という方向性もあるわけです。これもリスペクトなのですが、文芸界で使われている「リスペクト」とは意味が違いますね。』
とありますが、幻想小説、という部分は理解できても、「リスペクト」うんぬんの部分はよくわかりません。
いや、それを言うと、作品そのものの、よくわからない。
でも、それがいいんですね。
ってコメントも我ながらすごいですが、でも、森博嗣の作品って、そうですよね。
文章のリズム、物語のリズム、ストーリー展開のリズム。
いろいろな小説のピースが、きらきらと輝く光の破片となって、さまざまなきらめきを見せてくれる。

ストーリー自体は、金持ちの後妻である主人公のまわりで次々と人が死んでいく、というもので、ミステリっぽいですが、作者も言う通り、幻想小説、なのでしょう。
現実的、理知的な立脚点を持つミステリとは違う地平に立つ作品だと思います。
小説の技法(?) に信頼できない語り手というのがありますが、この作品の主人公「彼女」も、信頼できない語り手といえると思います。

森博嗣版胡蝶の夢??
というよりはやはりタイトル通り、イデア、なんですから、プラトンなんでしょうねぇ。
有名な洞窟の喩えを小説にしたらこうなるってところでしょうか??








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マインド・クァンチャ [日本の作家 森博嗣]


マインド・クァンチャ - The Mind Quencher

マインド・クァンチャ - The Mind Quencher

  • 作者: 森 博嗣
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2015/04/24
  • メディア: 単行本




単行本です。
〈ヴォイド・シェイパ〉シリーズ第5作目で、シリーズ最終作のようです。
前作「フォグ・ハイダ - The Fog Hide」 (中公文庫)のときには、作者のHP(だと思われます)に
「シリーズは5冊で完結しそうにない、というのが今のところの印象です」
と書いてあったので、油断していましたが、単行本を買ったときに、HPを見てみると、「マインド・クァンチャ」 のところに、
「シリーズ5作めです。当初予定していたストーリィはここまででしたので、これでシリーズ完結としても良いと思っています。次も書くかどうかは、まだ決めていません。お話は、またも山の中で展開します。主人公が強さを求めるとき、欠けていたものが偶然にも手に入ります。カバーは、満を持しての桜です。もちろん、『桜にして下さい』と僕が依頼してこうなりました。それでも、その桜がまた想定外に綺麗でした。シリーズもこれで終わりにするのが、綺麗かもしれません」
と書いてあって、終わるのかなぁ? と思っていたら、先日、シリーズ全体について
「単行本が5巻で完結」
と書いてあるではありませんか。
シリーズの世界観に馴染んだところで終わっちゃったなぁ。

この第5巻 は、ゼンが闘いに負けるところからスタートします。
滝から落ちて記憶を亡くし、山奥で姉弟に助けられて生きていた。
いつものゼンの思索の世界が拡がります。
そしていくつかの戦いを経て、都へ。

でも、作者の言う通り、ここで終わりというのが綺麗かもしれません。
主人公ゼンは、なにもないところからスタートし修行を積み(?)、ついに都へやってくる。
そこでは大きなものを得たけれど、逆に失ったものもある。失ったものを得るためには、大きなものを失うこととなる。
乱暴にまとめてしまうと、こういうことで着地を見せているわけですから。
静謐な世界観にずっと浸っていたいという気にさせるシリーズでしたが、この世界観が変容することなくぴたりと着地したので、これでよし、ということかと思います。


P.S.
「尊い方を、名前ではお呼びできません」(296ページ)なんて、当たり前のことですが忘れている人が多いことをさらっと書いているのも、やはり素晴らしい。


タイトル 単行本 文庫本
1 ヴォイド・シェイパ ヴォイド・シェイパ ヴォイド・シェイパ - The Void Shaper (中公文庫)
2 ブラッド・スクーパ ブラッド・スクーパ - The Blood Scooper ブラッド・スクーパ - The Blood Scooper (中公文庫)
3 スカル・ブレーカ スカル・ブレーカ - The Skull Breaker スカル・ブレーカ - The Skull Breaker (中公文庫)
4 フォグ・ハイダ フォグ・ハイダ - The Fog Hider フォグ・ハイダ - The Fog Hider (中公文庫)
5 マインド・クァンチャ マインド・クァンチャ - The Mind Quencher 未刊














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暗闇・キッス・それだけで [日本の作家 森博嗣]


暗闇・キッス・それだけで Only the Darkness or Her Kiss

暗闇・キッス・それだけで Only the Darkness or Her Kiss

  • 作者: 森 博嗣
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2015/01/26
  • メディア: 単行本


<裏表紙側帯あらすじ>
大学在籍中にコンピュータインタプリタを作製、休学してソフトウェア会社を創 業、1980年代にコンピュータ業界で不動の地位を築いた、IT史上の伝説的存在ウィ リアム・ベック。会長職を譲り、第一線から退いたウィリアムは現在、財団による 慈善事業に専念している。探偵兼ライターの頸城悦夫は、葉山書房の編集者兼女優 の水谷優衣から、ウィリアムの自伝を書く仕事を依頼され、日本の避暑地にある彼 の豪華な別荘に一週間、滞在することになった。
ところが、頸城は別荘で思いもかけない事件に遭遇する。警察が手がかりをつかむことができない中で、さらなる 悲劇が--。取材のために訪れた頸城は、ベックの自伝執筆の傍ら、不可 思議な事件の真相をも追究していく。果たして、その結末は?


単行本です。
「ゾラ・一撃・さようなら」 (集英社文庫)に続き、頸城悦夫が登場します。
作者のHPには、「ゾラ・一撃・さようなら」について、
「いつかはハードボイルドを書いてみたいという気持ちがあって、ようやくそれが書けた、というのがこの作品です。日本を舞台にしたハードボイルドは無理だと思っていましたが、そろそろ書けそうなくらい日本が豊かになった気がします。」
と、この「暗闇・キッス・それだけで」 には、
「7年半もあいてしまいましたが、ようやく第2作が書けました。日本も豊かになったので、ハードボイルドが書けるようになった、と前作で思いましたが、やはりまだ少し足りないかも、と感じて、主要な登場人物を外国人にしました。これだけで、ずいぶん書きやすくなりました。第3作は、なるべく早く書くつもりです。」
と書かれています。
ハードボイルドと国の豊かさというものの関連が個人的にはぴんと来ないのに、なんとなく森博嗣が書くとそんなものかと思えてしまいます。ハードボイルドというのは(一部のハードボイルドは、というべきかもしれません)、ある意味スタイリッシュであることを目指すものでもあるので、そのためには土台に豊かさが必要ということかな? 豊かでなければ、スタイリッシュもへったくれもないですよね、生きていくのに精いっぱいで。
でも、豊かでない国や地域を舞台にしたハードボイルドも世界には数多くありますね。

ハードボイルドの定義次第、なのかもしれませんが、もともと森博嗣の筆致はハードボイルドっぽくないでしょうか?
また、減らず口、というのとは違いますが、独特の切り口の会話も、雰囲気があるように思います。

さて、というわけでハードボイルドらしさを出すため(?)、、この作品はビル・ゲイツを思わせる超お金持ちの家族が登場します。
金持ちならではのトリックとか出てくると楽しいなぁ、と思いながら読みましたが、ミステリとしては平凡な着地
ですね。

しかし、主役の頸城悦夫って、森ミステリィには珍しいキャラですね。
恋愛する男性キャラって、あんまりいないですよね。
珍しいシリーズになると思うので、今後にも期待です。

いろいろと名セリフのある作品ですが、一つだけ引いておきます。
「本気? そんなもの、私にはありませんよ。本気は、長いこと見失っています」(134ページ)



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サイタ×サイタ [日本の作家 森博嗣]


サイタ×サイタ (講談社ノベルス)

サイタ×サイタ (講談社ノベルス)

  • 作者: 森 博嗣
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/11/06
  • メディア: 新書


<裏表紙あらすじ>
「キレイニサイタ」「アカクサイタ」
謎めいた犯行声明をマスコミに送りつける
連続爆発事件の犯人、通称・チューリップ爆弾魔。
その犯行が報道される中、SYアート&リサーチに持ち込まれた
奇妙な素行調査。対象者――佐曾利隆夫に以前の同棲相手への
ストーキング疑惑が浮上する。
張込みに加わったバイトの永田絵里子は、佐曾利を尾行中、
爆弾事件に遭遇する。そして第一の殺人事件が!


今頃何を言っているんだ、というところですが、ここから3月に読んだ本の感想となります。

「ムカシ×ムカシ」 (講談社ノベルス)に続くXシリーズ。
前々作「タカイ×タカイ」 (講談社文庫)から「ムカシ×ムカシ」 まで6年半でしたが、「ムカシ×ムカシ」 からは5か月の2014年11月に出版されました。
次がシリーズ最終巻らしいですね。早く出るといいなぁ。

非常にくねくねと進むストーリーが特徴的でした。
視点はたいがい、小川令子、真鍋瞬一、永田絵里子の活動に照準が合っていて、たまに鷹知祐一朗。そして椙田泰男が電話でゲスト出演(?) みたいな感じです。
ストーカーとか、連続爆弾魔(真鍋に言わせると、爆弾ではなく、単なる発火ということですが)とか、道具立ては派手で、一方の探偵サイドの小川令子、真鍋瞬一、永田絵里子の3人が探偵ですらないというか、きわめて普通の人というか、平凡な対応ぶりである点がポイントなのでしょう。

例によって真相がはっきりと明示されるわけではないのですが、かなりシンプルな真相が用意されていました。
なんとなく、ですが、シンプルな話をいかにくねくねと見せられるかに、森博嗣が挑んだんじゃないかなぁ、という気もします。もっとも、森ミステリィなどというものは、すべてこれ(シンプルなものをいかに難しく、複雑に見せるか)なのかもしれませんが。


<追伸>
カバー袖のことば

覗き見えても
望み消えても
明らかな死亡
あら悲し希望
きらめき美し
聞きつ恨めし
咲いた草花
多彩差はなく
赤青黄色
愚か愛厭き
泣いた経緯が
幼気ないが

2行ずつ、アナグラムなんですねぇ。






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ムカシ×ムカシ [日本の作家 森博嗣]


ムカシ×ムカシ (講談社ノベルス)

ムカシ×ムカシ (講談社ノベルス)

  • 作者: 森 博嗣
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/06/05
  • メディア: 新書


<裏表紙あらすじ>
「やっぱり、河童の祟りですか?」
大正期、女流作家の百目一葉を世に出した旧家・百目鬼家。
当主の悦造・多喜夫妻が、広大な敷地に建つ屋敷で刺殺された。
遺された美術品の鑑定と所蔵品リストの作成依頼がSYアート&リサーチに持ち込まれる。
河童が出るという言い伝えがある井戸から、新たな死体が発見され、事件は、異様な連続殺人の様相を呈し始めるのだった。
百目鬼一族を襲う悲劇の辿りつく先は?


「タカイ×タカイ」 (講談社文庫)に続く、久しぶりのXシリーズ。
「タカイ×タカイ」 が出たのが2008年1月で、この「ムカシ×ムカシ」 が2014年6月なので、実に6年半ぶり。
と思ったら、続けて「サイタ×サイタ」 (講談社ノベルス)が11月に出ているんですよね。

読み始めて、このシリーズって、どういう建て付けだったかなぁ、と思ったりもしたのですが、すぐそんなことは忘れて、森ミステリィの世界へ。
「世の中さ、金に目が眩んで頭がおかしくなる奴がいる、というのが一般的な定説みたいだけれど、本当にそんな奴っているのかな?」「金に目が眩んだ奴も、計画的で、策略的で、まったく狂っていない。その一方で、金には無縁だとか、今日の酒代さえあればいいんだとか、そういう潔いことを言っている人間にかぎって、カッとなって人を殺したりするんじゃないかな」
「基本的に、殺人を犯す人間というのは、破滅的というか、自虐的だと思うな。自分を諦めている。自分を見捨てている。もうどうにでもなれっていう感じだろうね。癇癪を起して八つ当たりしているような状態に近い。原因は自分以外にあるにせよ、でも、その原因をもっと大きくして、取り返しのつかないようにしてやるぞっていう、そんな甘えっていうのかな、それは明らかに本人のせいだ」(どちらも68ページ)
なんて、ステキですよねぇ。(いや、ステキという表現はふさわしくないか?)

密室とかアリバイとか、出てはきますが、出てくるってだけですね。
それよりもやはり本作は、動機、でしょうねぇ。
森ミステリィの常として、動機は明確に語られるのではなく、登場人物が推測するだけなのですが、この動機はすごい。
上で引用した、68ページのセリフなんかに照らして考えると、なかなか味わい深い。

森博嗣って、本質的には、文章力の作家なのではなかろうか、とそんなことを考えました。
美文とか文章がうまいとか言われるようなタイプではないのですが、独特のレトリックや表現で、通常だとありえないことをすんなりと読ませてしまう。その意味では、作品全体を貫くトーンも重要です。
文章力というよりは、表現力かも。
冷静に考えれば、かなり荒唐無稽な作品が多いのに、そういう印象を持ちにくい。
いくつかのトリックも、考えてみればしょぼいものが多いのに、読んでいる間はかなり鮮やかな印象を持つ。
森ミステリィについては、「理系ミステリ」と変な表現をされることがありましたが、これはやはり文章の力で、小説ならではの作品群が屹立しているように思いますので、くだらない表現を踏襲すれば、理系の方ではありますが「文系」の力を発揮されているのではないでしょうか?

この作品で特徴的だと思った動機も、妙にリアルに感じられてしまいました。
怖い。



<蛇足>
「いわゆるダイイング・メッセージだね」
「お皿だから、ダイニングメッセージじゃない」
「面白いね、それ」真鍋は少し感心した。なかなかインテリジェンスを感じさせるジョークだ。(175ページ)
ん? インテリジェンス? 感じませんけど...(笑)


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灯台杜と緑の少年



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フォグ・ハイダ [日本の作家 森博嗣]


フォグ・ハイダ - The Fog Hider

フォグ・ハイダ - The Fog Hider

  • 作者: 森 博嗣
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2014/04/24
  • メディア: 単行本




単行本です。
〈ヴォイド・シェイパ〉シリーズ第4作目です。シリーズの世界観にもだいぶ馴染んできました。
この「フォグ・ハイダ」 は、主人公ゼンが都にいく途上の小休止、といったところでしょうか。
山賊に襲われます。
仲間、と呼ぶのは適切ではないと思いますが、一緒に戦う同志のようなものができます。おお、ゼンもかわりつつあるということでしょう。
注目すべきはやはり、戦闘シーンとならんで、ゼンのこねくり回したような思考につきあう人物が出てくることですね。こんな七面倒な会話に付き合う人、そんなにはいないでしょうが、ちゃんと毎回出てきます。今回は僧侶。よき話し相手、相談相手といった塩梅です。
早く都に行ってみてほしいような、ずーっとこのまま都にたどり着かずうろうろしていてほしいような、複雑な感じを抱えたまま、次巻を待ちます。



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キウイγは時計仕掛け [日本の作家 森博嗣]


キウイγは時計仕掛け (講談社ノベルス)

キウイγは時計仕掛け (講談社ノベルス)

  • 作者: 森 博嗣
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2013/11/07
  • メディア: 新書


<裏表紙あらすじ>
建築学会が開催される大学に届いた奇妙な宅配便。中には、γと刻まれたキウイにプルトップが差し込まれたものがたったひとつ、入っていた―。荷物が届いた日の夜、学長が射殺された。学会のため当地を訪れていた犀川創平は、キウイに刻まれたギリシャ文字を知り、公安の沓掛に連絡する。取材にきていた雨宮純、発表のため参加の加部谷恵美、山咲早月。ほか、海月及介、国枝桃子、西之園萌絵らも集う邂逅の一巻。

前作「ジグβは神ですか」 (講談社ノベルス)(感想ページへのリンクはこちら)から1年でシリーズ新作がでました。ホッ。
舞台が建築学会ということで、まあ懐かしいメンバ勢ぞろいです。それぞれ時が流れて、立場が変わっているのがポイント(?)。 加賀谷なんて普通の(?) 社会人で、公務員してます。
これだけでなんだか楽しくなりました。
割れたコーヒーカップを使ってるなんてかわいいなぁ。加賀谷よ、海月とうまくいくといいねー、なんて。

事件の方は、すっきりしたのか、しなかったのか、微妙な決着(?)を見せますが、このシリーズだとそういう処理でも驚きません。むしろこの作品は細かく説明している方かな?
シリーズ最初の頃は、ちゃんと説明されてないことに不満を持ったりしましたが、今やそんな不満も感じなくなっています。

今回も「ジグβは神ですか」の感想で書いた言葉で締めたいと思います。
シリーズの無事完結を、切にお願いします。



P.S.1
犀川先生、朝食はあまり食べないんですね。(184ページ)
いや、だから何だということはないんですが、ふっと気になりました。
一方で、萌絵の方は、
「自宅には年配の執事が一人いる。彼が、朝食の用意をしてくれる。もちろん、夕食も。さらには、昼の弁当もである。」
そうか、諏訪野って料理もしたんですね。
ところで、本当に蛇足なんですが、「から鑑みて」という表現にはがっかりしました。

P.S.2
西之園萌絵先生の授業でも生徒が寝るということで、萌絵が
コスプレして、歌でもうたってやろうかしらって思うくらい」(243ページ)
というのも、かなりインパクトのあるシーンですね。




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